close

海外裁判所見学記

オークランド(ニュージーランド)の裁判所(2026年)

2026年09月01日
その他

 2026年1月5日、ニュージーランド最大の都市オークランドにあるオークランド地方裁判所とオークランド高等裁判所を見学する機会を得ました。海外の裁判所を訪れると、その国の歴史や文化、そして国民が大切にしている価値観を感じることができますが、今回見学したオークランドの裁判所も、まさにそのような場所でした。

<オークランド地方裁判所>

― ワイタンギ条約が息づくニュージーランドの司法 ―

写真1 写真1

 オークランド地方裁判所は、ビルが立ち並ぶアルバートストリートに面し、外壁には抽象的な模様が描かれていますが(写真1)、これはマオリ族に由来するものだそうです。

写真2 写真2

 オークランド地方裁判所は、ニュージーランド国内でも最も事件数の多い裁判所の一つであり、刑事事件を中心に、少年事件、民事事件など幅広い事件を取り扱っています(写真2)。

ロビーで迎えてくれる「ワカ」

 建物に入って最初に目を引いたのは、1階ロビーに展示された大きな船のオブジェでした(写真3、4)。これは、マオリの伝統的な航海用カヌー「ワカ(Waka)」をモチーフにした作品で、2022年7月に除幕式が行われたそうです。「Justice Taonga」(正義のタオンガ)と題するプレート(写真5)の説明によれば、2本の柱はマオリの祖先であるタネとイングランドに陪審員制度を導入したヘンリー2世を表し、柱の上の像は正義の女神を、柱に彫られた顔は裁判官を、12本のロープは陪審員をそれぞれ表しているそうです。司法の玄関口ともいえるロビーに、このような作品が置かれていることに、私は大きな意味を感じました。

写真3(クリックして拡大表示) 写真3(クリックして拡大表示)

写真4(クリックして拡大表示) 写真4(クリックして拡大表示)

写真5(クリックして拡大表示) 写真5(クリックして拡大表示)

ワイタンギ条約とニュージーランドの司法

 その背景にあるのが、「ワイタンギ条約」です。ニュージーランドには先住民のマオリ族が住んでいましたが、1840年に締結されたワイタンギ条約により英国の植民地となりました。第二次世界大戦後の1947年に英連邦の一員として独立し、現在は、英国王のチャールズ3世が元首を務める立憲君主制国家です。
 1840年に英国とマオリの首長たちとの間で締結されたワイタンギ条約では、英国がニュージーランドの統治権を持つ一方で、マオリ族の土地や財産、伝統的な権利を尊重することが約束されました。しかし、その後、条約の解釈をめぐる対立や土地問題が生じたことから、ワイタンギ条約を巡る紛争は、長い間、ニュージーランドの大きな社会問題となっていたそうです。
 1975年にワイタンギ審判所が設立され、権利の侵害があったと認定された過去の事例に関してはマオリ族に対して損害賠償金が支払われ、1987年には英語のほかマオリ語もニュージーランドの公用語に認定されました。
 現在では、ワイタンギ条約はニュージーランド建国の基本文書として広く尊重され、裁判所の判断や行政運営にも大きな影響を与えています。特にこの20年ほどは、公共施設や裁判所でもマオリ文化やマオリ語を積極的に取り入れる動きが進んでいるそうで、ロビーのワカも、そのような時代の流れを象徴しているように感じられました。

二つの法廷を傍聴して

 今回、私は、コート1とコート2という二つの法廷を傍聴することができました。
 コート1は、東京地方裁判所の通常法廷より広く、後ろの傍聴席には向かって左側に5人席、4人席があり、広い通路を挟んで右側に2人席があり、これらが縦に4列並んでいます。
 法廷正面奥の一段高い席に男性の司法官が座り、その背後にはニュージーランドの国章が掲げられていました。正面に向かって右側には被告人席があり、一人ずつ法廷に入り、立ったまま司法官の言い渡しを聞くと、数分ほどで次の事件へと進んでいきます。法廷に向かって左側では、女性職員がパソコンで事件を記録しています。傍聴席の前には弁護人が座る席があり、弁護人も事件毎に次々と入れ替わっていました。おそらく軽微な犯罪の判決言渡しや刑事手続上の決定などが行われていたのでしょう。事件は次々と処理され、そのテンポの速さに驚かされました。
 一方、コート2は雰囲気が大きく異なっていました。正面の一段高い席に女性裁判官、その下に書記官が着席し、裁判官と相対する形で長いテーブルが3列あり、向かって右側に検察官、左側に弁護人が座っています。その後方には、広い通路を挟んで左右6席ずつの傍聴席が何列か設けられています。裁判官は一人で、英国の法廷のようなカツラはかぶっていません。
 法廷の右奥に大きなモニターがあり、被告人が映し出されていましたが、時々カップの飲み物を飲むなど、日本の法廷ではあり得ないようなリラックスした様子でした。ガイドのNさんの説明では、この被告人は、色々なところで性犯罪を繰り返し、身柄が別の場所で確保されたために、モニターで参加しているようです。検察官が9年を求刑したのに対し、弁護人は4.5年が妥当と主張していたそうです。
 印象的だったのは、弁護人や検察官が座る長テーブルの横に、Restorative  Justice(修復的司法)という被害の回復や被告人の更生について話し合う担当者の席が設けられていたことです(この事件では女性職員が座っていました。)。Nさんの説明では、事件により使用されるそうで、担当者が被害の回復や被告人の更生について被告人と話し合うそうですが、これもマオリ文化が影響しているとのことでした。帰国後に調べたところ、ニュージーランドでは、Restorative  Justice(修復的司法)の考え方のもと、財産的損害・精神的損害を回復するため、刑事制裁として被害弁償という制度が発達しており、裁判所は、被害弁償の総額、一括払いか分割払いか、支払い期限を言い渡すそうです。日本の刑事事件では、被害弁償すれば量刑が軽くなりますが、被害弁償できない被告人も多く、刑事制裁として被害弁償という制度があるわけではありません。日本でもRestorative  Justice(修復的司法)の考え方を導入するのが望ましいのではないかと思いました。

法廷に掲げられた国章

写真6 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 写真6 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 コート1、コート2のいずれの法廷でも、法廷正面の一番目立つ位置にニュージーランドの国章が掲げられていました。日本では法廷に国旗や国章が掲げられることはありませんが、諸外国の法廷では国旗や国章が掲げられるのが普通で、司法権が国家の権威の下で行使されることを象徴しています。
 ニュージーランドの国章(写真6)は、1956年に制定されたもので、盾の左側に白人の女性、右側にマオリの戦士が立ち、その上には英国王室を象徴する王冠が描かれています。
 つまり、この国章そのものが、英国法の伝統を受け継ぎながらも、先住民マオリとの共生を国家の理念として大切にしているニュージーランドの姿を表しているのです。ロビーのワカと法廷の国章、この二つを見るだけでも、この国の司法が英国法だけではなく、ワイタンギ条約の理念を大切にしながら発展してきたことがよく伝わってきました。

法廷傍聴後の説明

 法廷傍聴後にNさんから説明を受けたところ、ニュージーランド全体の地方裁判所の事件数は直近で年間約10万7000件あるそうで、オークランド地方裁判所には28の法廷があり、今回見学した際には、コート1では司法官が、コート2では裁判官が担当していました。日本には司法官という制度がないので、違いはよく分かりませんが、軽微な事件を担当するのが司法官であり、通常裁判を担当するのが裁判官なのだろうと推測しました。民事事件に関する説明で興味深かったのは、ニュージーランドの賃貸借契約が日本とは大きく異なる点です。ニュージーランドの賃貸借契約では1~2週間毎に賃料を支払うことが多く、敷金は国の機関に振り込まれ、国が管理するそうです。オークランドの家賃は近時高騰しているため、若い人はシェアハウスが多いということでした。

1階の陪審員控室

 法廷傍聴後に1階に降り、右側受付(写真7)の奥にある陪審員控室(写真8)を外から見学しました。ガラス壁に施された美しい装飾が印象的な部屋です。Nさんは、陪審員の候補者として裁判所に来たことがあるそうです。陪審員には選任されなかったそうですが、その時に会った裁判官はカツラをかぶっていたそうです。この点は英国の裁判所と同じだと思いました。

写真7(クリックして拡大表示) 写真7(クリックして拡大表示)

写真8(クリックして拡大表示) 写真8(クリックして拡大表示)

歴史を感じる高等裁判所

写真9 写真9

 オークランド地方裁判所の見学を終えた後、私たちはオークランド高等裁判所を訪れました(写真9)。オークランド高等裁判所は、市街地から少し離れた、オークランド大学やアルバート公園に近い緑豊かな文教地区に建っています。周囲には歴史ある建物や緑豊かな樹木が広がり、オークランド地方裁判所の近代的で機能的な雰囲気とは対照的な、落ち着きと風格を感じさせる環境でした。

 高等裁判所は、訴額が35万ドル以上の高額な民事事件や殺人等の重大な刑事事件の第一審を担当するほか、下級裁判所や専門裁判所からの控訴事件を管轄します。
 建物は19世紀末に建てられたゴシック・リバイバル様式で、赤レンガと石造りの重厚な外観は、まるで英国の歴史ある裁判所を訪れたような印象を与えます(写真10、11)。今回はロビーまでの見学でしたが(写真12)、高い天井の一部はガラス張りになっており、モダンな感じを受けつつも、レンガと木材を用いた美しい内装、歴史を感じさせる静かな空間からは、ニュージーランド司法が英国法の長い伝統の上に築かれていることを実感しました。

写真10(クリックして拡大表示) 写真10(クリックして拡大表示)

写真11(クリックして拡大表示) 写真11(クリックして拡大表示)

写真12(クリックして拡大表示) 写真12(クリックして拡大表示)

写真13 写真13

 ただ、外に出て、建物外壁の柱をよく見ると、マオリ族の首長らしい男性の彫像(写真13)がありました。Nさんの説明では、顔に彫られた入れ墨は、出身地や家柄等を示す大切なものだそうです。地方裁判所のロビーのワカとは異なりますが、高等裁判所の建物からもさり気ない形でマオリ文化を尊重する気持ちが伝わってきました。

おわりに

 今回の見学を通じて強く感じたのは、司法制度は法律だけで成り立っているものではなく、その国の歴史や文化、そして国民が大切にしてきた価値観を映し出す存在だということです。
 オークランド地方裁判所のロビーのワカ、法廷に掲げられた国章、そしてオークランド高等裁判所の建物外壁の柱にあるマオリ族の男性の彫像、その一つひとつから、ニュージーランドが英国法の伝統を受け継ぎながらも、ワイタンギ条約の理念を尊重し、多文化社会として歩んできたことを感じることができました。

 

  • 人生100年の時代のライフプランサポート
  • 労務問題のご相談