イスタンブールの裁判所訪問記(2023年)
2023年11月28日
その他
パンデミック後4年ぶりの海外旅行先として、2023年9月に、トルコのイスタンブールを訪れました。トルコは、2023年10月29日に共和国建国100周年を迎えましたが、たまたまその節目の年にトルコを訪れたことになります。トルコ共和国の初代大統領であるケマル・アタチュルクは、オスマン帝国の軍人でしたが、第一次世界大戦でオスマン帝国が敗戦した後、トルコ独立運動とトルコ革命を指導し共和国を建設したことから「建国の父」と呼ばれ、国民の敬愛を一身に集めています。
イスタンブールのいたるところでケマル・アタチュルクの銅像や大きな写真パネルを見かけましたが、以下に訪れた2つの裁判所でも、エントランスホールはもちろん、法廷内の正面壁面にもケマル・アタチュルクのレリーフが飾られていました。
<バクルキョイ裁判所(バクルキョイ正義宮殿)>
1 概要
写真1
2023年9月18日、イスタンブールのヨーロッパ側にあるバクルキョイ裁判所を見学しました。2007年にできた立派な建物で(写真1)、エントランスホールは吹き抜けになっていて明るく、ホールにある法曹関係者らしい3人の銅像の上には、ケマル・アタチュルクの大きなレリーフが飾られていました(写真2)。
2 裁判の傍聴について
写真2
裁判所を案内していただいたガイドのNさんは、日本語が堪能な親日家で、ガイド歴20年以上のベテランですが、裁判所を見学するのは初めてとのことでした。バクルキョイ裁判所は、刑事事件が多いようですが、Nさんの話では、トルコは汚職に厳しく、汚職をすると本人だけでなく子供も公務員や軍人になれないという制裁を受けるので、他国と比べて汚職は少ないということでした。
出発前に、旅行代理店から、トルコは日本に比べて国家権力が非常に強いので、日本のように自由に裁判を傍聴することはできない、関係者でないと傍聴は難しいとの情報を得ていましたが、Nさんが裁判所のオフィスで、日本から来た弁護士が傍聴を希望していると上手に説明してくれたお陰で、覚せい剤事件の傍聴を特別に認めてもらいました。傍聴の可否については、裁判長の裁量によるところが大きいようで、2つ目に見学したイスタンブール裁判所では、Nさんが色々と交渉してくれましたが、傍聴は許されませんでした。
3 法廷内の様子
傍聴した法廷は、イスタンブール裁判所内にあった法廷の模型(写真3)ほど広くはありませんが、裁判官の座っている正面壁面にケマル・アタチュルクのレリーフが飾られているのは同じです。レリーフの横にはカメラとパネルが設置され、パネルには法廷内の様子が映し出されていました。
写真3のような傍聴人と当事者らを隔てる柵はなく、私達の2列前に被告人2名が座っていたので、その距離の近さに驚きました。本件は暴力事案ではなく、通常は関係者以外の傍聴も許されないようですので、柵がなくても大丈夫なのかもしれません。
被告人らと対面する形で、一段高いところに4名が座っていましたが、向かって一番左が検察官、その横の3名は裁判官(真ん中が裁判長)でした。弁護士は、被告人の前方右側の席に4名座っていましたが、法廷によっては、検察官が裁判官と同じ高座ではなく弁護士と対面する形で座ることもあるそうです。
裁判官、検察官、弁護士は皆、黒い法服を着用しており、裁判官の法服は襟と袖口が赤、弁護士は襟がえんじ色に金色の縁取り、緑の袖口となっています(写真3参照)。各人の前にはパソコンが設置されていました。
写真3
4 本件裁判の内容
本件は被告人が4名いたので、弁護士も4名着席していましたが、被告人2名が逃亡中のため、出廷している被告人は2名でした。傍聴前に、法廷前の廊下で、弁護士4名のうち2名の若い女性弁護士と話をする機会がありましたが、2人とも国選弁護人ということでした。私が日本の弁護士と分かると、日本の弁護士事情について女性弁護士の割合や勤務弁護士の初任給等、色々と質問されました。トルコでは女性弁護士と男性弁護士の割合は半々だそうです。トルコの勤務弁護士の初任給は通常の公務員より低いようで、Nさんはその低さに驚いていました。弁護士4名のうち1名は恰幅の良い男性の私選弁護人で、被告人の関係者に取り囲まれて色々と説明していましたが、このタイプになるとかなり高所得のように見えました。
Nさんが通訳してくれた話によれば、トルコでは、裁判長の権限が非常に強く、弁護士は裁判長の許可を得ないと発言することはできないし、被告人と目をあわせることもできないということでした。これは弁護士が被告人に目くばせをして供述内容に影響を与えることを防ぐためのようですが、日本の裁判ではあり得ないことなので、びっくりしました。
裁判が始まり法廷内に入りましたが、印象に残ったのは、裁判長が各被告人に対して直接色々と尋問し、被告人がこれに対して長々と答えることが繰り返されることでした。日本の刑事裁判では、弁護士及び検察官が被告人に質問し、裁判官の尋問は補充的に行われますが、トルコでは裁判長が職権で真実を探求するスタイルがとられているようで、裁判長が被告人らを厳しく追及する場面が度々ありました。各弁護士も、裁判長から意見を聞かれ、色々と述べていましたが、裁判長の発言時間に比べると弁護士の発言時間は圧倒的に短いように思いました。また、出廷した被告人2名は共犯ですから利害が反する面もあると思いますが、被告人毎に裁判を分離することはなく、裁判長が各被告人に色々な尋問をしているのも日本とは大きく異なる点でした。
30分以上審理が続いた後、10分ほど休廷して判決を言い渡すことになりました。Nさんの通訳によれば、覚せい剤事件は、普通は1年ほどの審理期間だそうですが、本件は被告人2名が逃亡したために審理期間が3年に延びたそうです。被告人らは無罪を主張していたようですが、本件はすでに3年も審理されており、被告人らの弁解もこれまでの繰り返しのため即日判決となったようです。
判決は執行猶予付きとなり、男性の私選弁護人は、判決を聞いて自分が予想したとおりという満足気な表情をし、被告人に笑顔を見せていました
<イスタンブール裁判所(イスタンブール正義宮殿)>
1 概要
2023年9月20日、イスタンブールのヨーロッパ側にあるイスタンブール裁判所を見学しました(写真4)。同裁判所のホームページによれば、2011年に11の建物に分かれていた裁判所をイスタンブール裁判所として統合したもので、地上4階~19階建てで18ブロックに分かれており、総面積は343,000㎡もある巨大な半円形の建物です。中に入ると非常に大きな吹き抜けのロビーが広がり(写真5)、奥には右端と左端にそれぞれ大きなエスカレーターが設置されていました。写真4は建物の一部しか写っていないため全体像が分かりにくいですが、見取り図(写真6)を見ると、建物が半円形をしていることが分かると思います。裁判所のほかに、警察署、弁護士のインタビュールーム、会議室、図書館、食堂、カフェテリア、郵便局、銀行、幼稚園等を備えています。
私達が見学したのは、その一部にすぎませんが、弁護士が法服を借りる貸衣装室があったのが興味深かったです。Nさんの話では、弁護士は法律事務所から法服を着てくるわけではなく、この貸衣装室で法服を借りて法廷に行くそうです。
2 法服の展示コーナー等
建物内には、法廷の立派な模型があり(写真3)、その隣には、オスマン帝国時代から現在までの法服等の展示コーナーがありました(写真7,8,9)。写真7はオスマン帝国時代の裁判官の服装、写真8は現在の憲法裁判所・最高裁判所・州・地方裁判所の裁判官、弁護士、検察官の各法服、写真9はその他司法関係者の制服です。この展示コーナーの前には広々としたレセプションルーム(写真9)と、これに繋がる階下のセミナールームも設置されています(写真10)。
この日は、法律のセミナーがあったそうですが、レセプションルームが休憩室を兼ねており、弁護士が何人か集まっていて、軽食とノンアルコールの飲み物が提供されていました。Nさんが通訳をしてくれて、私もその中に入って飲み物をいただきながら、若い男性弁護士と話をしましたが、先週まで弁護士をしており、試験に合格したので来週から裁判官になるということでした。日本では、裁判官・検察官・弁護士になるには司法試験という同じ試験を受けますが、トルコでは裁判官になるためには別に試験があり、待遇もかなり良いそうです。
写真10
イスタンブールでは2つの裁判所を見学しましたが、バクルキョイ裁判所の刑事裁判の傍聴では日本との違いが興味深く、傍聴を許可してくださった裁判長とNさんの奮闘に心から感謝いたします。イスタンブール裁判所は、日本の裁判所とは桁違いのスケールと、オスマン帝国時代から現在までの法服等の展示コーナーが印象的でした。トプカプ宮殿、アヤソフィア、ブルーモスク等の有名な観光地はもちろんですが、裁判所でも、オスマン帝国の末裔であるトルコ人の誇りと愛国心が随所に感じられました。
イスタンブール空港からスペインやモロッコまで3時間程度で行けるそうですが、ヨーロッパ、アフリカとの近さを実感した旅でもありました。